2005年12月05日

●汚職は効率的か?

シカゴ大学のMarianne Bertrandの報告を聞いた。

"Obtaining a Driving License in India: An Experimental Approach to Studying Corruption"

インドの自動車免許取得プロセスでの汚職に関する実験的実証研究で、
汚職は非効率なルールに対する抜け道として資源配分の効率性向上に役立っているか
という仮説を実証していた。

以前紹介したBen Olkenの研究などでは汚職の有無や,汚職を減らす方法
に焦点がおかれていて,汚職がそもそも悪いものかどうかは問われていなかった。

自動車免許を取ろうとしている人の中からランダムに声をかけた800人くらいを
特に何もしない(調査協力への謝礼のみ)グループ(A)
早く免許を取れたらボーナスをあげるグループ(B)
運転教習をただで提供するグループ(C)
3つに分けて、実際に免許を取るまでの期間、免許を取るまでの事務的プロセス(役人とどのようなやり取りがあったとか)、免許を取った直後の自動車運転に関する知識と技術を比べていた。
平均的な結果は、
Aグループ:最初は自分で役人と交渉するも歯が立たず途中から代理人を雇う。運転の腕前は下手。
Bグループ:最初から代理人を雇ってとっとと免許をゲット。運転の腕前は下手。
Cグループ:なまじ運転ができるようになるせいか、最後まで役人と自分で交渉して免許取得までに一番時間がかかる。運転の腕前はA,Bよりもはるかに上手。

役人に直接賄賂を渡したケースはほとんどなく(調査協力者が賄賂について語りたくないからということはないということはチェックしているらしい)、代理人が実質的賄賂の仲介者になっているらしい。結果としては、免許取得にお金をたくさん払う気がある人は早く取得できるという意味では汚職は資源配分の効率性に寄与している、そしてそれは、運転がうまくて早く免許を取るに値する人が早く免許を取るようにはなっていないことから、大事なのはあくまでお金を多く払う気があるかどうだ、ということになる。

とりあえず、AとBに関しては、免許を取っているのに60%前後の人が自動車運転に関する基本的な質問(ブレーキとアクセルの区別など)5問のうち最低1 問を間違えているとか、免許を取る前のアンケートで25%の人がすでに車の運転をしたことがあると答えているとか、代理人を雇うとほぼ確実に実地試験がなくなるとか(汚職は非効率なルール(官僚との複雑なやり取り)だけでなく必要なルールまでも曲げているということ)、いろいろショッキングなデータがあった。

代理人の存在が免許取得の手続きで決定的な役割を果たすのにも関わらず,
報告では代理人のことは実証結果の説明のところまで触れられなかったので
わかりにくかったのが残念。

2005年11月02日

●中国における外資企業と新製品導入

Irene Brambilla (Yale)の報告を聞いた。

博士号を最近取ったばかりの人だが,途上国の産業組織の研究で
面白い論文をいくつか書いている。この日は,
Introduction of New Varieties of Goods in the Chinese Manufacturing Sector
の報告を聞いた。

中国における外国企業は地元企業より新製品の導入が盛んであるということと,
その源泉が技術力の優位にあることを実証していた。

Melitz(2003, Econometrica)のモデルを拡張して、各企業の製品の数を内生化したうえで、新製品開発に関わる固定費用と開発した費用を生産するための変動費用という2種類の費用が低い(生産性が高い)企業ほど多くの製品を導入するという含意を導き出している。

そして中国に進出している外資企業は中国国内企業よりも生産性が両種とも高いと思われるので、より多くの新製品を導入しているであろうという仮説を世界銀行の企業パネルデータを用いて検証している。そして,開発のための固定費用と生産のための変動費用のどちらがより重要かを検証しようとしている。

実証結果としては
調査期間(1998-2001年)中に外資企業は中国国内企業よりも導入した数が多い,
生産関数の推定ではTFPは外資系のほうが有意に高い,
開発の固定費用も100%外資系に限れば外資系のほうが有意に低い,
外資系は自社で新製品開発を行う頻度は低く,外国(本社)から製品を移転している頻度が高い。
TFPのほうが固定費用よりも新製品導入数を説明している。
という結果になっている。

外資系企業は本社などですでに開発済みの商品を持ってこれて,生産のノウハウもあるから(中国市場にとっての)新製品導入を国内企業に比べて容易に行えるということだと思われる。

外資企業のほうが新製品導入が活発であるということを主流のモデルの拡張できちんと説明し,かつ,モデル上
重要な説明要因(開発費用と生産費用)についても実証しているいう意味で,理論と実証が密接に結びついた
研究になっている。

非説明変数によって資本ストックがコントロールされていたり、いなかったりするのですべての被説明変数ですべての定式化について言及したほうが望ましいこと、市、産業ダミーはコントロールされているが、その交差項もコントロールしたほうが望ましいことなど、実証面での細かい改善点はある。

外資(直接投資)が企業の生産性を向上させるかどうかについては多くの実証研究がされているが、成長率の高い企業に資本参加しているのか、外資の資本参加が生産性向上をもたらしているのかを厳密に識別できている実証研究は(私の知る限り)ない。(ただ、識別できていると主張して書かれたが実際にはできていないことをおそらく誰かに指摘されてそこの部分の主張を引っ込めた論文はあった。)この論文での外資企業はすべて外資系が自ら設立したか、最初から設立に参加しているものなのでこの問題の影響は小さくなっている。と同時に、この結果を直接投資一般に適用することができるかどうかについては若干の留保が必要となっている。

また,中国やインドが技術進歩面で他の途上国と異なる点は,多国籍企業によって外国から技術が移転されているだけではなくさらに新技術の開発も行われていることであると指摘されてきている。他の国での研究と比較するためには新製品導入の中身をもっと知る必要があると思われる。

あと,新製品導入が国内向けか輸出向けが分かれば途上国の技術発展についてもっと含意が得られていたかもしれない。論文の結果では輸出の規模は生産性をコントロールすると新製品導入と相関をしていないが,生産性と輸出が高く相関しているからかもしれないので,このことから直ちに新製品導入は主に国内消費者向けに行われているとは言えないかもしれない。

2005年10月31日

●移住することによる所得上昇効果の実証

最近スタンフォードから世界銀行に移ったらしいDavid McKenzieが、移民は移民をすることによってどれくらい所得が増えているのかという実証研究を報告していた。

"How Important is Selection in Estimating the Income Gains from Migration?"

このテーマ(移民による(移民個人の)所得上昇効果)で初の説得的な実証だと思う。

このテーマで説得的な実証を行うことは非常に難しい。
移民をした人間とそうでない人間の所得を単に比較しただけでは移民の効果を実証したことにならない。移民、あるいは出稼ぎをするという選択を行った個人とそうでない個人とでは特性が異なるかもしれないからだ。(データに表れない)能力やモチベーションが高い人間が移民をすることを選んでいて、そのもともとの能力やモチベーションの高さのためにより多く所得を得ているということがあると移民の効果の推定値にバイアスをもたらす(論文のタイトルの Selection Bias)。

あと,国際的移住の場合,両方の国のデータセットを用いる必要がある。同一人物をマッチングさせることができるかどうかというのも大きな問題となる。

MacKenzieらはニュージーランドがトンガから毎年200人ほど移民を希望者の中からくじで選んで受け入れていることを利用して、当たりくじを引いて移民した人と、移民したかったけどはずれくじを引いて移民できなかった人の所得を比較することによってこのバイアスを回避している。そして、これまでの研究で使われてきた手法を使うとどれほどのバイアスが生じるかを推定している。

ちなみに彼らは移民のくじに応募した人のリストを政府当局から入手して、移民しなかった人に関してはそのリストにある住所に押しかけて調査を行い、移民に成功した人に関してはその人の家族、友人らのつてを総動員してニュージーランドで草の根を分けて探し出すという国境を越えたストーカー行為を行ってデータを集めていた。こうして,データ収集の問題も克服している。

数がまだ小さいものの非常に情報量の豊富なデータセットと最高の識別戦略を手に入れた彼の鼻息は荒く、『移民の○○に対する効果』に類する実証はやり尽すと豪語していた。

おまけ
ルーマニアからの移民である某経済学者は以前、ルーマニアにアメリカ永住権のくじの申請代行NPOを作って、移民に成功した人と移民したけどくじに当選しなくてできなかった人の情報を集めようとしたらしい。しかし、アメリカ永住権くじの当選率の低さを考慮すると十分なサンプルを集めるためには、ルーマニアからアメリカ永住を希望する人のかなりの割合の人を相手にしなければならないことがわかって断念したらしい。

2005年10月26日

●貿易自由化と児童労働

国際経済学セミナーでNina Pavcnick (Dartmouth)の報告を聞く。彼女は貿易と産業調整、貿易と労働のトピックに関してミクロデータを駆使して精力的に論文を書いている。今日の論文は、インドの90年代の貿易自由化が児童労働に与えた影響の実証分析。
Trade Liberalization, Schooling, and Child Labor: Evidence from India
(joint with Eric Edmond and Petia Topalova)

関税がより大きく下落した財をより多く生産している地域は、関税下落によって以前より厳しい国際競争にさらされたと考えられる。この研究はそうした地域はほかの地域に比べ、通学率の増加が小さく、児童労働の減少幅が小さいということを実証していた。

注意すべきは、輸入財と競争するセクターで(生産下落を通じて)児童労働に対する需要が増えたということを意味しているだけであって、貿易自由化が国全体で見て児童労働を増やしたとは言っていないということだ。インド全体では90年代を通じて通学率は大幅に上昇、児童労働は大幅に減少している。
(でも、反グローバリゼーションの論者には好んで引用されるようになるかもね…)

報告者本人が貿易自由化全体での効果を測っているのではないといっているにもかかわらずセミナー参加者の何人かは執拗に一般均衡モデルでないこと、貿易自由化全体の効果を出していないことにこだわっていた。

ちなみに彼女らは、ベトナムでも貿易自由化と児童労働の関係を分析していて、そこでは、米作農家にとっては生産者価格が統制国内価格から輸出価格に上昇し、生産が拡大した結果、児童労働が著しく削減されたことを示している。(注)

「ベトナムの実証の時はどこで何回報告しても誰にもモデルが一般均衡でないとか貿易自由化全体の効果はどうだなんて言われなかったのに…」と報告中文句を言っていたのが印象的だった。

国際経済学者(の多く)は、
貿易自由化のメリットの実証の際には、部分均衡モデルでもモデルがなくても、
貿易自由化全体の効果を測っていなくてもOKだが、
貿易自由化のデメリットの実証の際には一般均衡モデルを求めて、
かつ貿易自由化全体の効果を測っていないと突っ込みたがることがわかった。

(注)その仕事の一部についてはNYTの記事(2005年7月14日)が紹介している。
ECONOMIC SCENE; Research Changes Ideas About Children and Work
あと、バグワティの最近のグローバリゼーション本『グローバリゼーションを擁護する』の児童労働の章でも言及されている。が、次にバグワティがグローバリゼーション擁護本を再び書く時今日の論文は言及されるだろうか?

2005年09月26日

●米国の関税削減がアフリカの対米輸出に与える影響

トロント大学のGarth Frazerがアメリカの対アフリカ関税優遇政策(African Growth Opportunity Act: AGOA)がアフリカ諸国の対米輸出量に与えた効果の実証分析を報告した。

"Trade Growth under AGOA," with Johannes Van Biesebroeck, working paper

政策の影響を受けた国、財、と受けない国、財があることを利用して、Triple Difference推定量 (DDのコントロールグループが1つ増えたもの)を使っていて、貿易政策の実証としては非常に注意深い実証だったと思う。

Triple Difference推定量のメリットをその名の通り3段階で説明してみる。(分かっている人は飛ばしてください。)
第一段階:Difference
たとえばこの関税優遇政策(以下AGOA)の効果を見るために一時点でAGOA対象国の対米輸出と非対象国の対米輸出を比較してみたとする。そうすると,AGOA対象国の対米輸出は非対象国の対米輸出よりも少ないという結果になるだろう。アフリカ諸国はそれ以外の国よりGDPが低く輸出量も小さいからだ。しかしこのことをもってAGOAは輸出量に悪影響を与えているとはいえない。単純な比較ではAGOA対象国と非対象国のもともとの違いを考慮(コントロールできない。)

第二段階:Difference in Difference
そこで今度はAGOA実施前後のデータが手に入る状況を考えてみる。(1)AGOA対象国の対米輸出のAGOA実施前後の変化と(2)非対象国の対米輸出のAGOA実施前後の変化を比較してみたとする。(1)でAGOA実施前後の差をとることで,AGOA対象国固有の要因は差し引かれる。同様に(2)ででAGOA実施前後の差をとることで,非AGOA対象国固有の要因は差し引かれる。ということで,変化(difference)の差(difference)をとるこのdifference in difference法を用いることで時間を通じて変化しない各国固有の要因をコントロールすることができる。AGOA対象国の対米輸出のAGOA実施前後の伸びが非対象国の対米輸出のAGOA実施前後の伸びより大きければそれはAGOAのお陰でしょ,というわけだ。

ところが問題点はまだある。この方法では時間を通じて変化する各国固有の要因はコントロールできない。たとえば,成長しそうな国(アフリカ)がAGOAの対象となっていたのかもしれない。この場合対象国の輸出が非対象国に輸出に比べて大きく増加していたとしても、AGOAの効果というよりも、全体的に成長率が高い国がAGOA対象国となっていただけかもしれない。

第三段階:Triple Difference
そこで,一国の中でもAGOAの対象になる財とそうでない財があるとする。もしそれらの財にAGOA対象財かそうでない財かということ以外の体系的違いがないとすればAGOA以外の当該国の経済環境変化が財輸出に与える影響も平均的には同じはずである。そこで,もう一段階差を取って,
(対象国のAGOA対象財の輸出の伸び-対象国の非AGOA対象財の輸出の伸び)
-(非対象国のAGOA対象財の輸出の伸び-非対象国の非AGOA対象財の輸出の伸び)
を計算することで時間を通じて変化する各国固有の要因もコントロールできると考えられる。(同じロジックで時間を通じて変化する各財固有の要因もコントロールできる)

もちろんそれでもバイアスは生じうる。たとえば,アフリカ諸国とそれ以外の国で比較優位と国際的分業のパターンがAGOAとは無関係に変化しているかもしれない。AGOA対象財は主に農産品と繊維品らしいのでAGOA非対象国がAGOAとは無関係に技術進歩などの要因ででそれ以外の工業品に輸出をシフトさせているとしたらこのTriple-difference estimatorにはバイアスが生じうる。

とはいうものの,通商政策の実証では例外的とも言えるくらいの注意深い実証であり貢献は大きいと思う。

アメリカへの輸出は増えてもその分ヨーロッパへの輸出が減っていたりしたら,アフリカ諸国の成長にとってのインパクトはなかったのではないかとか,AGOA非対象国がAGOA対象国を迂回貿易の中継点として利用していたのではないか、とか言う点をチェックする必要がある。セミナーでも質問はこれらの点に集中していたと思う。著者は論文内でこれらの不安を払拭するある程度の証拠をあげている。

輸出が増大したと言えそうなことはわかったが、そのことによって、所得はどの程度増えたのか、とか企業の生産性がどの程度増えたのか(Learning by Exporting)とか、資源再配分がどの程度行われたのか、などを検証する作業はこれからだと思われる。つまりもっと多くの論文のネタがあるということだ。

2004年11月06日

●途上国における輸出品の品質向上と賃金格差

Eric Verhoogen (mimeo)
“Trade, Quality Upgrading and Wage Inequality in the Mexican Manufacturing Sector: Theory and Evidence from an Exchange Rate Shock.”

途上国で貿易自由化と賃金格差の拡大が同時に起こるのはなぜかという問いに答えようとしている。国際経済学の古典的なHecshcer-Ohlinモデルのフレームワークでは非熟練労働集約的産業に比較優位がある途上国が貿易自由化を行うと非熟練労働と熟練労働の賃金格差は縮小することになる。しかし、これは多くの国の貿易自由化の経験とは矛盾する。

この論文は以下のような説明を試みる。途上国で貿易自由化が起こると、輸出先の先進国で競争に耐えうるために生産している財の品質を向上させようとするという行動が見られる。財の品質を向上させるためには熟練労働をより必要とする。そこで熟練労働により多くの賃金を払おうとする。その結果賃金格差は拡大する。

このロジックを企業の生産性にばらつきがあるMelitzのモデル(ここ参照)に組み込むことでより生産性の高い企業ほど貿易自由化の結果輸出を拡大し、企業内賃金格差を増大させる結果を導き出している。

そのインプリケーションをメキシコの通貨危機を自然実験として用いている。通貨危機は国内経済に大打撃を与えたが輸出競争力がついたため輸出は大きく増大した。実証研究の結果,実際に通貨危機の前後でもともと生産性の高い企業ほど通貨危機後に輸出を増大させ賃金格差を増大させていることが明らかになっている。