6月30日
インターン6週目が終了した。期間は人によって違うけど私の場合は全部で12週なのでインターンのちょうど半分が終わった。あと6週でプロジェクトが終わ
る気がしないのだが…
今のところに住んで5週たった。ここは全部で10週なのでここの居住期間もちょうど半分終わった。生活の変化と言えば、枕カバーに詰めていた教科書のうち
の一冊を貸したことくらいか。そのほうが教科書にとっても本望でしょうって、当たり前だ。そもそも何で持ってきたんだっけ?>1ヶ月前の自分
6月も終わりなので、夏休みもほぼ半分終わり。うーむ…
というわけでいろいろな意味で後半に突入。
今週末はニューヨークに戻ります。
6月29日
仕事に必要そうな資料が米国議会図書館にあることがわかったので上司と行って調べることになった。世界最大の図書館で建物もすごいらしいということで気分
はすっかり観光モード。図書館は3つの巨大な建物から構成されている。まず利用者IDを作る必要があって、建物間の移動に時間がかかったうえ、その後行っ
たメインの建物が複雑怪奇な構造になっていて道に迷い、グーテンベルグ聖書の現物をみたり、「関係者専用」と書かれている裏道も通ったりしながら、ようや
く利用者案内所に着いたと思ったら、お目当ての資料は違う建物にあり、その建物に行った上資料閲覧係に頼んで45分待つ必要があると言われ、あえなく撤退
を決意。
観光しかしてないじゃん俺ら。
職場に戻るタクシーの中から街角にたくさん日の丸が翻っているのが見えたからなんだろうと思っていたが小泉総理が来ていたんですね。
午後に今度は私だけで議会図書館に再び行く。
お目当ての資料が所蔵されている建物の資料閲覧係に行く。受付は黒人の今にも倒れそうな感じのおばあちゃん。愛想が最悪で、資料閲覧の申し込み方法の説明
もほとんど要領を得なかったが、私が理解していないようだとわかると必要箇所の記入をほとんど私の代わりにさくさくとしてくれた。その都度、お礼を言う
と、
"I don't want to say again. It is my job. I am doing this to everyone.
I just want you get what you want soon."
和訳してみた。
『だ、だからぁ何度も言わせないでよ!
仕事だから!
べ、別にあんたのためにやったんじゃないんだって!
ただ、あんたがとっとと資料を使えるとといい
なと思っただけ…』
ツンデレ?
お目当ての資料の必要部分をコピーした後、資料探しを手伝ってくれる係のおばちゃんのところに行って他に使えそうな資料の情報はないか探しても
らえるようダメもとで頼む。メキシコの会計制度についての本で、できれば法律の条文が載っているやつ、でも、本の名前とかは全然見当がつかない、という過
酷な条件
だったためか、最初はすぐに「スペイン語ばかりで先に進めない」と根を上げた。が、ま、そうだよね、仕方ないよね、という私の態度がなぜかそのおばちゃん
のプロ根性を刺激してしまったのか、「あんた、隣に来てスペイン語訳しなさい」とか言い出し、2人並んで30分いろいろ議会図書館以外のサイトも含めて調
べまくった。結局すぐ閲覧できそうな範囲で使えそうな資料はなかったものの、やれることはやったという満足感はあった。実際、そのおばちゃん、私が前日2
時間くらいかけて存在を発見した文献のほとんどを10分くらいで見つけていたからやっぱりプロはすごいなと思った。
建物は外観も内装もすごい風格があるので(もし、国会議事堂を事前に知らなければそこが国会議事堂だと思ってもおかしくないくらい)ワシントンDCに来る
機会があれば、訪問しても損はない場所だと思う。何か探し物を持っていって、職員さんとのやり取りを楽しむのもまた一興。
6月28日
世銀のセミナーに出ようとしたが、建物内で道に迷って結局出られず。。。○| ̄|_
IMFは建物が対称形で整然とし過ぎていて、場所の区別がつきにくくて迷うが、
世銀は建物の構造が複雑で迷う。
某ラテンアメリカの国の(元?)首脳が2つの組織の文化に関して、IMFは軍隊のように秩序だっていて世銀は幼稚園のように無秩序だと評したといううわさ
話(ソース発見できず)を思い出した。
まあ、組織文化に関係なく道に迷う奴はどこにいっても迷うということだが。
6月27日
集積の経済学の実証研究をテーマにした国際会議が京都で開催されるようだ。よく見たら
私
の指導教官の1人のW先生も最終日の最後に報告するようだし。報告する研究は貿易と成長の関係についての実証のようだから、集積あんまり関係ない
じゃんと最初思ったが、Rivera-Batiz and
Romerの実証だったら集積に関係するからいいのか。Rivera-Batizは2ヶ月ほど前に若くして亡くなっている。Rivera-Batiz
and
Romerの原論文を知っていて関西圏にいる人は、W先生たちの論文でその魅力を再発見すると思うので、機会があったら報告を聴きに行くのもいいかもしれ
ません。
6月26日
コメントをするように頼まれた論文を読み始める(査読でも学会のコメントでもなんでもない)。理論も実証も盛りだくさんで骨が折れそう。頼む相手を間違っ
たような気がしてならない。力不足を痛感。
6月25日
日系の食料品店に行って日本酒を調達。ちびちびと飲んでいこうと思っていたが気づいたら一晩で空にしてしまった。また買いに行くか…
6月24日
インターン開始からほぼ1ヶ月たちました。この夏のインターンのおかげで、研究面でも実務面でも留学生活面でも色々いい経験をさせてもらっています。が、
同時に、仕事や家族に関する自分の価値観を再認識する機会を得たというのが一番の意義だったのかなと思っています。
6月23日
大学の同級生数人でライブを聞きに行く。メインは全然知らないひげもじゃのおっさんの熱唱だったが、心と体に染み渡るいい歌だったと思う。キキのお気に入
りの歌手だとか。
6月22日
職場に客員でいらしていた先生が今月いっぱいで滞在期間を終えられるので、日本人インターンと先生で昼食。私は同じ部署にいたこともあって、この1ヶ月い
ろいろためにな
る話を聞かせていただいた。専門も居住域もだいぶ離れているが、またお会いできる日があればと思う。
夕方はこの夏職場に来ているインターンで飲み会。20人くらいいたような気がしたが、初めて会う人が多くてびっくりした。インターンは全体で60人くらい
いると聞いてさらにびっくり。某奨学金関連のインターンが15人くらいだとすると、某奨学金関連のインターンと通常のインターンの人数比は1対3なわけだ
が、うちの部署はその比率が逆転している。たまたまだろうけど。
インターン飲み会は次の約束があ
ったので途中で抜ける。そして、学部時代
の同級生とその友達とM、J氏の5人で食事。目的地であるキューバ料理屋を探しているところで同じ大学のGがたまたま通りかかってその店が
潰れたことを教えてくれた。狭い世界だ。結局その近くのマレーシア料理店へ。M氏の(天然?)ボケに対するJ氏の突込みがやたら面白かった。
6月21日その4
ピラテス教室にはここ3週間毎週意地のように通い続けているし、先生の掛け声もついにGuys!になったので(それもどうかと思うが)今後も通う予定では
あるが、そろそろそれだけじゃなくて、ほかのエクスサイズのプログラムも覗いてみようと思った。また参加者が女性ばっかりだと恥ずかしいので、プログラム
の名前をじっくり吟味して、男もある程度いそうなプログラムを選んで行った。インストラクターも男のプログラムにした。そしてスタジオに入ると、
またしても男1人… ○| ̄|_
Super
Sculpt(この名前のどこで男がいそうだと判断したかと聞かれるとなんとなくとしか答えようがない。)というプログラムの名前だが単なるエアロビクス
だった。あーいう、振り付けがあるのって、昔から大の苦手。昔、小学校の運動会の出し物の変なダンスみたいなものの振り付けとか、剣道(中高で柔道と剣道
のどちらかを選択して履修する必要があった)の型とかを覚えるのにすごく苦労したことを思い出していた。
6月21日その3
同じ大学の経済学部院生で昼食。今年は経済学部からは世銀に2人、IMFに4人インターンしている。多いですね。友達といつも会い慣れている場所と違う所
で会うのは新鮮な感じがしていいです。まあ今日はすでにDCも会い慣れている場所となった人の方が多かったのですけど。
6月21日その2
Simon JohnsonとEd Gleaserを呼んでInstitution vs Human Capital in
Developmentというタイトルで議論をしてもらうという超面白そうな企画があった。が、参加を申し込んだものの満員だったのか参加OKの返事が来
ず…(´・
ω・`)
コピー室にJohnsonのレジュメのコピーがあったのでぱらぱらとめくってみる。こんな感じの項目があった。
「国々の所得、生産性の違いを説明する最重要な要因は何かということに関する3つの見方
1:地理的な要因を重視する見方
2:制度的な要因を重視する見方
3:人的資本を重視する見方
地理的な要因を重視する見方は
コロンビア大と国連では栄えている。
が、今日は取り上げない」
そこはある人物を想像させて笑いを取るところなんだろうな。ジョークだよね。経済学部でまで栄えているとは思われていないよね。
それはさておき、Acemoglu, Johnson, and Robinson
(2001)AERは制度の質が経済発展に与える影響を実証する際に植民地時代の入植者死亡率を現在の制度の質の操作変数に使った。
それはヨーロッパが入植者の死亡率が高い植民地にはいい制度を作らなかったという発想に基づいている。それに対し、Gleaser他3人(誰だったか忘れ
た)は経済発展に重要なのは人的資本であると主張し、入植者の死亡率が高いところはヨーロッパが人材、教育システム形成に力を注がなかったからその後の経
済発展が進まなかったのだとも解釈できるという結果を提出したことになっていると思う。(論文にはもっと強いことが書いてあったと思うけど、ここでは彼ら
が文字通り書いていることではなく私が1年前に実証結果を見てここまでは言えると納得した限りのことだけを書いている。)前置きが長かったが、
Johnsonの報告はそれに対する反論を試みていて、各国の植民地時代の教育システムの情報を引っ張り出してきて、Gleaserたちの話が説得的でな
い証拠をいくつかまとめて説明していたようだった。やっぱり聞きに行きたかったなあ…
6月21日その1
航が電車が走る動画が見られるサイトを気に入っているらしい。(
こ
ことか)
私が知らない電車ばかり並んでいるが(小田急は懐かしかったけど)、その中にアセラエクスプレス(アムトラックの特急)があった。ハイビートの『線路は続
くよどこまでも』に乗ってDC→NYを快走する姿に不覚にも笑った。フランスのTGVの技術を使っていて、最高時速240Kmなんて知りませんでした。
http://homepage3.nifty.com/kishanori/broadband/acela/acela_2003.htm
(動画(音楽つき)がすぐ始まります。)
↓の続報
昨日ブレトンウッズセンターに一緒に行った人の1人が「昨日のとこって、どこにあるのかな。DC近郊の地図見てもブレトンウッズという地名がないんだよ
ね」と言っていた。そりゃ地名じゃないですから。
6月20日
職員ピクニックというイベントがあってブレトンウッズIMFセンターという場所にお出かけ。職員向けのレジャー施設のようなもので、子ども・家族向けのア
トラクションが用意されていたが、私は当然知り合いとだ
べっていただけ。まあ、ブレトンウッズ協定が締結された歴史的な価値のある場所に来れただけでもいいやと思っていた。
が、そこはブレトンウッズ協定が締結された場
所とは
全然関係ないことが判明。ブ
レトンウッズ協定が締結されたブレトンウッズはニューハンプシャーにありDCからかなり遠い。今日行ったブレトンウッズセンターは(協定が締結さ
れた)ブレトンウッズにあるセ
ンターというのではなく、単にIMFがそう命名しているだけということらしい。紛らわしすぎるぞ。まあ、考えてみれば、ブレトンウッズ協定ゆかりの場所
ということなら今まさに毎日通っていますがな。
というわけで、「ブレトンウッズIMFセンター(もしくはその近所)でブレトンウッズ協定が締結された」というのはガセビアと認定。ブレトンウッズ協定が
締結
された建物を探しに行こうかと考えた我々の立場は一体…地図にそれっぽい建物がなかったから行かなかったけど、もしあったら行って勝手に感銘を受けて記
念写真でも撮って帰ってきたと思う。
6月19日
久しぶりにスポーツ観戦やアウトドアに縁のない日だった。先週は
月:ワールドカップ、日本VSオーストラリア 最後(最悪?)の10分間だけテレビ観戦
火:S邸にてNBAファイナル第3戦をテレビ観戦
第1,2戦合計でフリースローを16本中2本しか決めていなかったシャックが試合最後の方の場面で2本連続でフリースローを決める。フリースローで
あれだけ場内を沸かせる選手はいないと思う。
水:何かのサッカーの試合をテレビで5分ほど立ち見
木:S邸にてNBAファイナル第4戦をテレビ観戦
金:インターン仲間で大リーグのヤンキースVSナショナルズ戦をライブ観戦
某団体が松井を見たがる日本人に売りつけるために1000枚チケットを購入して、その後松井が怪 我して大誤算だったとかいう話があるとかないとか
土:インターン仲間でアナポリスにお出かけ。まあアウトドアというほどアウトドアではないけど。
日:S邸にてNBAファイナル第5戦をテレビ観戦。延長戦にもつれこんで最後も1点差という大接戦。
これで私が日本人平均男性並にワールドカップを見ていたらとんでもない事態になっていたと思う。ニューヨークにいたときはスポーツ観戦やアウトドアに縁が
ある日のほうがはるかに珍しかった(どころか1年に1回もなかったような)のに。
6月18日
7月に
京
大でスティグリッツが講演を行うらしい。3年前に同志社に来たときには、講演の冒頭で彼自身と同志社の関係(新島襄とスティグリッツの学部時代の
母校の関係:すごく遠いな)を熱く語っていたが、京大で彼が彼と京大を強引に結びつけるネタを用意するとしたら何になるんでしょうか。
反新古典派、制度学派の勢力が強くてシンパシーを感じるとか言い出さないかな。
6月17日
メリーランド州の州都で港町のアナポリスまでインターン仲間でお出かけ。海の景色がきれいでした。
6月16日
日本の某所の研究資金を申請しようとして書類を揃えていた。先日発表された今年度分の募集要項を確認したら今年は去年より締め切りが1ヶ月早くなって
いた。私に似合わず早くから動き出して良かったとほっとしたのだが、その後、去年は海外在住でも申請できたのが今年は国内在住者しか申請できなくなってい
ることに気づいた…(´・
ω・`)
↓は、その後小心者の私としてはいそいそと部屋の片付けなどをしていたのだが、実は告知だけでなく、その場で検査していたらしいことがわかった。けっこう
散らかっていたはずだが掃除が必要だとは判断されていなくてよかった。でも、見られることをまったく想定していなかった状態で部屋を見られたのはそれなり
に腹立たしい。
6月15日
部屋に大家である某大学からこんな告知の紙切れが届いてた。
1. 部屋の抜き打ち検査を夏の間に
実施します。
2. 大学寮に持ち込んじゃいけないものがあったら没
収して捨てるからよろしく。
3. 部屋が汚かったら掃除して掃除代金を請求するか
らよろしく。
(;゜д゜)
つーか、何 様 の つ も り で す か。
6月14日
ニューヨークの部屋を又貸しした相手と連絡を取っていたが、部屋に移った当初、掃除が大変だったといわれた。けっこう一生懸命きれいにしたつもりだったの
に…(´・ω・`)
世銀のセミナーにボストン大のMookherjeeの報告を聴きに行く。インドの西ベンガル地方で、小作農の権利を強化する土地制度改革が70年代以降行
われたきたが、その改革が農業生産と生産性に与えた影響を実証した論文を報告していた。論文名、リンク情報などは今、手元にないです。
インドの西ベンガル地方の小作農の権利強化が農業生産と生産性に与えた影響というトピックでは、Banerjee, Gertler and
Ghatak(2002)JPEという非常に影響力のある先行研究があって、Difference in
difference法とその変種の推定戦略を用いて、小作農の権利強化が行われた地域のほうが農業生産がより増大したことをきれいに実証している(と私
は思っていたし、業界でもそ
う思われている(た)んじゃないかな、と思っている)。が、Mookherjeeに言わせると、政策の規模に比べて推定された効果が大きすぎるんじゃない
かという問題があるらしく、それはデータに問題があることと、同時期に行われた政策を考慮していないことのせいじゃないかと考えてそれらを改善してみたけ
ど、やっぱり結論はそんなに変わらなかったよ不
思議だね、という話。こんなまとめじゃ話を矮小化するなって怒られそうだ。
6月13日
最近ボケが進行してきている気がする。
・先週も今週も同じようなプログラムのミスをした。
・2回飲み会(規模は大小両方)に一緒に行ったことがある2人がお互いを知らないと思っていた。
・数週間前に枕の柄がどうのこうの書いていたが、そんなもんカバーをかけてしまえばどうにでもなるということに今日気づいた。
地下鉄の改札口を通るときにプリペイドのメトロカードの代わりに誰かの名刺を突き刺してしまうことは日常茶飯事だがこれくらいはもともとありがち。
6月12日
ピラティス2回目。先生も今日はスムーズに”Girls and a guy”と呼び声が出るようだった。でも、
「はい、そこで子宮筋を
意識して!!」
ありませんが何か。
6月11日
S邸でそうめんを食いながらNBAファイナル第2戦を観戦。応援しているチームがすでに敗退している私としてはまあいい試合がみられればいいと思っていた
がワンサイドゲームになってしまって残念。
DC(私が住んでいる地域周辺だけかも)では日曜は酒類をなかなか調達できないことがわかった。まず州の法律で洋酒系を売ることができるいわゆる酒屋さん
は日曜日は閉まっていることになっている。ビールとワインはコンビニエンスストアで買えることになっているらしいが、ニューヨークと違ってRite
AidとかCVSといった薬局系スーパーに酒類は売っていなくて、そのビールとワインが買えるはずのコンビニエンスストアとやらを見つけたことがない。と
いうわけで、ヴァージニア州にあるペンタゴンシティのショッピングセンターに行って買い出して来た。DCみたいな小さい地域で独自の法律を決めても効果
(この場合は勝手にアルコール消費量削減とする。違う目的があるかもしれないけど。)は小さいと思う。実証するのは大変そうだけど。
6月10日
友人3人で国会議事堂見学後、メリーランド州のベセスダという街にある日本の食材を売っている店まで行く。天気がよくて湿気もなくて気持ちがいい1日だっ
た。
6月9日
世銀でコンサルタントをしているKさん、Nさんとインターン仲間のI氏の4人で昼食。世銀の食堂のTVでサッカーのワールドカップが放映されていて、
100人以上が集まっていた。
職員用の英語のクラス(というか個人訓練)を申し込むもサマーインターン用にはやってないと却下される。まあ、インターンを鍛えても戦力にならんし、すぐ
いなくなっちゃうし、そりゃそうかもな。
6月8日
同じ大学から世銀にインターンに来ているGと昼食。最近のお互いの研究などについて話し合う。定期的に会って、お互いの研究進捗状況を話し合うことを約
束。分野が近い院生が近くにいて話相手になってくれると思うと研究を進める意欲も増すというものだ。あと、世銀の食堂で2ドルでカレーが食えることがわ
かったのも収穫。
6月7日
客員の某大教授の方とコーヒーを飲んだ後、留学前に留学についてのアドバイスをもらったことがある世銀職員の方と久しぶりに再会して昼食。両方から、昇進
にあたって、(自分の研究、仕事はもちろんのこと)就職後の人的ネットワーク作りがいかに重要であるかを力説された。
6月6日
セミナーでブリティッシュ・コロンビア大のNathan
Nunnの研究報告を聞く。1400年から1900年前後に行われてきた奴隷貿易がアフリカの経済発展にどのような悪影響を与えたかを実証するというもの
だった。アフ
リカの各地域から送り出された奴隷の数を推定して、それを現在の国ごとに計算しなおして、奴隷をたくさん送り出した(地域が現在ある国)ほど経済発展の水
準が低く、成長率も低いという実証結果を導いている。そして、奴隷貿易は(誘拐、暴力行為などを誘発して)主に経済制度の形成を阻害したことを通じて経済
発展に影響を与えたとしている。(しかし、この論文は彼の大学院時代の仕事のはずだが、よくもこんな、歴史書、専門論文(Slavery &
Abolitionという学術雑誌があるようだ)を読み漁り、たぶん電子化されていない数字を拾い集め、昔のアフリカの部族地図と現在の国を照らし合わ
せ、といった気の遠くなる作業をしたものだ。しかも、ジョブマーケットペーパーじゃないし。)
報告にも論文にも触れられていない(からこそ思うのだ)が、経済制度の変数をOLSの説明変数に加えたら奴隷貿易が有意でなくなったから奴隷貿易は制度を
通じて経済発展に影響したんだと言い出しているのじゃないかと勘ぐっていたりもする。ただ、仮にそうだとしても、全体としてかなり説得的な実証だと思っ
た。
もともと奴隷をたくさん送り出すような地域はあまりちゃんとしていない社会で、それがその後の経済発展に影響しているのではないか、という反論が、一番最
初に出てくるものだろうが、それに対しては2つの反論を行っている。
まず、1400年の時点で人口密度が高い(それほど人を養えるという意味で比較的進んだ技術を持っていたり、きちんと組織された社会がある)地域ほど奴隷
を多く輸出したというデータを提示している。その説明としては、奴隷を売ってヨーロッパ人から代わりに買えるものというのはある程度の文明水準がないと有
用でないので、奴隷をたくさん輸出する地域は当時のアフリカで比較的発展していたのではないかというものだった。
さらに、その国と奴隷を送り出していた港からの距離、奴隷輸送の主要目的地の港からの距離を操作変数に使って、奴隷貿易と相関しているその他の地域の特徴
の影響を排除しようとしている。前者は地理的要因の影響を含んでいるという点でいい操作変数ではないし(もしかしたら、ヨーロッパと市場のつながりを持っ
た地域
ほど搾取されていた、という関係があるかもしれない。ただ、これは奴隷貿易の目的地となっていない主要港があればコントロールできそうだ)、第一段階推定
の結果を見てもそもそもWeak
Instrumentなので全面的には信用はできないが、全体として彼の主張をそう裏切らない結果になっていると思う。
上の2段落を合わせて考えると、もともと比較的裕福だったり海に面して交易がしやすかったりという、経済発展の初期条件としては恵まれていた地域が、奴隷
貿易に有
利な状況だったので奴隷貿易が盛んになったがために経済発展の制度的基盤を形成する機会を失って、現在に至ってアフリカの中でも貧しくなってしまったとい
う とても悲劇的な話である。
論文は
http://www.econ.ubc.ca/nnunn/empirical_slavery.pdf
6月5日
ジムのピラティス教室なるものにそれがどんなものかを知らずに行ってみた。
ピラティスメソッド(Wikipedia)
『(略)動きはゆるやかで負荷も比較的小さいため、主に
女性の美容の
ための健康法として、近年人気を博しつつある。』
10分でグロッキー状態になって残りの40分、1分に1回以上は時計を見ていた私には負荷が小さいとはとても思えませんが。しかし、道理で男が私1人だけ
だったわけだ。インストラクターの人も基本的な掛け声が
「Girls!! OH,
sorry. Not only girls today」だったし。
6月3−4日
久しぶりに長距離移動を伴わないのんびりとした週末を過ごす。
土曜日は生活必需品を買いにDupont
Circleというところで買い物+喫茶店で勉強。顔をあげるたびに周りに座っているおっさんたちの誰かと目が合うなと思っていたが、その一帯が、ゲイの
人たちが集まる場所で有名であることを知ったのは、家に帰った後であった。
日曜日は学部時代の友人と週末の昼だけ飲茶をやっているという中華料理屋に行った。「おいしくて、十分に食べて1人5ドルあれば足りる」という評価の店
で、実際おいしかったけど、1人25ドルした。「十分に」というところにずいぶん個人差があるようだ。
6月2日
ブリティッシュ・コロンビア大のマイケル・デブリューが自分の最近の国際マクロ経済学の研究について話すというイベントがあったので行ってきた。ここ2日
間、マクロ関係のセミナーにばかり行っているが、別に研究関心が変わったわけではなく、場所が場所だけに他分野のセミナーがなかったというだけの話。最初
は完全に聞き流すだけの予定だったが、実は申請中のデータが入手できたら行う予定のえりっくとの共同研究と密接に関わってくるかも知れないということに気
づいた。ここにいるうちに勉強しておくといいかもしれない。
ジムに通い始めた。ジムに通うのは5年ぶり。たぶん、そのときの感覚でトレーニングすると筋肉痛になるのが確実なのはもちろん、下手したら心臓が止まりか
ねないので徐々に慣らしていこうと思う。
6月1日
ボストン大のロバート・キングが状態依存価格設定モデルの理論と実証の最近の発展について講義をするというイベントがあったので行ってきた。その手の話を
聞くのは日本でのM1のマクロコアコース以来実に5年ぶりなような気がする。この5年で理論に再考を迫る実証的発見が多くなされてきているらしく面白そう
な分野だった。物価指数を作成するもとのデータはアメリカよりも日本の方が豊富に手に入りやすいということを同席したBさんが言ってたから、日本のデータ
で実証して重要な貢献ができる余地がある気がする。Bさんがそんな余地を残してくれれば(笑)
DCの他機関でインターンしている学部時代の友人とその友人たち合計5人で日系のバーで飲む。
Woodley
Park Zooという地下鉄の駅の入口集合で、集合時間1分前に地下鉄で駅に着いて安心したら、新お茶の水駅より長そ
うなエスカレーターが待ち構えていて、全力で駆け上げるはめになった。全長139メートル、ワシントンで3番目、西洋(ってどこ?)で5番目以内に長いら
しい。
参考