12月30日
長い間放置してすいませんでした。ってまたしばらく放置しますけど。
この5ヶ月間綱渡りの連続でしたが、というか何回か綱から落ちた気もしますが、
ぼちぼちやっております。まずは生存報告まで。
みなさまよいお年を。
7月26日
航の誕生日プレゼントを買うついでに妻とショッピングにでかけた。
昔に比べて物欲が格段に上がっているのを感じた。所得が追いついていないけど。
7月25日
航が5歳になった。5年前の予定だと今ころ就職していたはずが(汗)…
米国の学生ビザを更新した。卒業予定を来年と書いたのに5年間有効のビザが届いた。
あと5年学生させる気かよ。
6月26日
ドバイの空港にいます。
6月25日その2
関西空港にいます。なんとかとうぶん必要なソフトは新パソコンにインストールできたかな。
しかし、新パソコンが一度もwirelessを感知しないのが不安。
6月25日
羽田空港にいます。この旅行の合間の日にピンポイントにパソコンの調子が悪化。
クリックが10回に1回くらいしかきかないとか(マウスのせいではない)、何かを実行させても、途中でうんともすんとも言わなくなるとか。文字を打ち込ん
でも変換前に消えるとか。
仕方がないのでたまたま実家で安売りをしていた超小型ラップトップを購入。2台体制でイタリアに臨むことに。
羽田空港でいろいろ必要なソフトを新パソコンにからインストールする予定だった。
しかし羽田空港では事前設定が必要だとかで新しい方のノートを無線LANでネットにつなげず(涙)。
仕方なくこの老死にかけパソコンに鞭打って作業している。
こんな状況なので本当に必要な作業だけを効率的にやっている。
ここでこんな文章書いてたら説得力ないけど。
6月24日
成田空港にいます。今晩は実家に泊まりますが実家にネット接続がない(わけではないが使いづらい)のでいくつか必要な作業をやっているところ。しかし↓と
いい、
なぜ事前にやっておかなかったのかと。
6月23日その2
JFK空港にいます。長旅なのでパソコンに万一の事態が生じるのに備えていくつかのファイルのバックアップををインターネット上に取っているところ。
6月23日
旅に出ます。
6月23日 NY→東京 (24日着)
6月25日 東京→Venice(26日着) (ドバイ経由)
6月26日−28日 Venice
6月29日−7月5日 開発経済学サマースクール@アルプスの麓
7月6日 Venice→東京 (7日着) (ドバイ経由)
7月8日−10日 仙台(親戚訪問)
7月11日 東京の米国大使館でビザ面接
7月11日 京都 以下未定
今週は月曜朝大学を出発して木曜夕方Veniceに着くという、
ウィークデーほとんど移動
という、しょうもない週です。
5月16日(アップロードは6月23日)
試験の採点終了。学生のできのよさに感動した。
今学期の国際貿易論のTAは負担は大きかったが、
この科目のTAをしたおかげで国際貿易論についての理解が格段に深まった。
1.
まず、国際貿易論についてはこれまで大学院フィールド科目1つでしか習ったことがなかった。
つまり基本的な知識がそもそもだいぶ欠けていた。特に貿易政策については
全く知らなかった。
それが、講義を一通り聞いて、TAセッションを行って、宿題の採点、解答作成を行うという一連の作業を行うことで国際貿易論についての基本的
トピックについての知識はだいたい得ることができた。
2.
今回の講義は学部生向けとはいえ、レベルかなり高く、いくつかのトピックは研究の最先端までカバーしていた。と同時に、最先端の研究が紹介されるときには
モチ
ベーション重視、直観重視の説明がなされたので、それらの研究がなぜ重要なのか、どういうメカニズムで重要なのかについての理解が格段に進んだ。
3.1.2の結果と今まで学んできたことをあわせて、ようやく国際貿易論のほぼすべてのトピックについて、どんな現実の具体例と結びついているのか、(そ
の結果)なぜ重要なのか、どんな理論があるのか、どんな実証研究があるのか、それらの問題点は何なのかについての自分なりの見解をすぐ言えるようになった
と思う(その見解が妥当かどうかはともかくとして)。
まあ、というわけで、この講義からの最大の受益者は私だったと思う。
でもこれでも先生や院生と研究の話をすると知識不足、理解不足を痛感するんだよなあ。
はあ、道は遠い...
5月14日(アップロードは6月23日)
TAをしている科目の最終試験。
最終試験は3時間と試験監督するのも嫌になる長さ。
が、今回はせっかくこういう試験監督中という、
自由度が極端に低い状況に追い込まれていることを利用して、
普段は絶対に読まないものを読むという趣旨のもと、
StataのData Managementの公式マニュアルを持ち込んで
abc順のコマンド説明をひたすら読み進めてみた。
かなり勉強になった。
今回知ってよかったというか、今まで知らなくてすごい損したと思う
コマンドのダントツ1位は"assert"。
assert xとすると、not xのときにエラーメッセージを出して
プログラムを止めてくれるコマンド。
ミスが起きてないか、データの加工が自分の思い通りに行っているかを
こまめにチェックするのに重宝しそう。
まあ、データが常に手元にあって、
インタラクティブに簡単に作業できる場合はそんなに使わないかも知れないが、
do fileを書いて、データを持っている人に送って、
そこで走らせてもらうという作業が必要なときには必須のコマンドといえそう。
5 月某日(アップロードは6月22日)
なぜか、最近ウガンダを舞台にした映画のDVDを2本も見ました。
簡単に紹介してみようと思います。
その1:Last King of Scotland
(
うぃ
きぺでぃあでの解説:この記事のネタばれ度はひどい)
ストーリー:1970年代のウガンダの独裁者(実在)とスコットランド人医者(架空)の話。
冒険心だけでウガンダにやってきた医者が独裁者に知り合い、気に入られ、
厚遇される。しかし、そのうち、ごたごたに巻き込まれて独裁者を裏切る羽目になり、
それがもとで死刑になる。まさに殺されようとした瞬間…
感想:独裁者が医者を殺そうとしたときに放つ「(ネタばれ防止のため削除)」というせりふは、
国際援助に関わる人間、関わろうとする人間に対する厳しいメッセージともとれ印象的だった。いやまあ、身も蓋もなくまとめると、中途半端に関わろうとする
と害しかないということに尽きるのだが。
注意点:拷問の映像がけっこうきつい。
その2: War Dance
http://en.wikipedia.org/wiki/War/Dance
ストーリー:ウガンダ北部では反政府勢力が
子どもを誘拐しては少年兵/少女兵として戦わせていた。
北部には反政府勢力に村を負われた人たちが形成
した難民キャンプがあって、
そこの学校には誘拐された経験がある子どもたちがたくさんいる。
その子どもたちが中心になって結成されたチームが
ウガンダの全
国学校音楽/ダンスコンテストで大活躍する(実話)。
映画は音楽/ダンスコンテストの進行の要所要所に
チームのメンバーの誘拐経験の話が入れられて進んで
いく。
そして、最後に子ども達が得たものとは…
感想:小学生並の感想だが、少年兵、少女兵に対する具体的なイメージを持つことができたのはよかった。(考証の正確さについてはウガンダの少年兵/少女兵
専門研究者もお墨つきを与えていた。)
注意点:子どもたちの経験談は聞くだけでもトラウマかも。
どちらの映画も途上国に興味がある人にはお勧めです。
あと、ウガンダといえば直接の面識はないし素性も知らないけど今一番大学院生ブログの中で味があると思う
このブログの書き手もウガンダの研究をされているようです。
4月30日(アップロードは6月22日。書いたのも6月22日)
産業組織論学生セミナーで報告した。これで今学期の報告はすべて完了。
2月から応用ミクロ学生セミナーその1、ラテンアメリカ研究所での報告、応用ミクロ学生セミナーその2(出席している教授陣が違う)、国際貿易学生セミ
ナー、産業組織論セミナーと5回報告してきた。
学期中5回報告することを1月にアドバイザーのえりっくに言ったら、
「それがsuccessful researchersの戦略だ。(だから頑張れ)」と励ましてもらっていた。
わかったのは、
successful researchersの戦略を取ったからといってsuccessful researchersの仲間入りはできないと
いうこと。
とはいえ、自分は本当の本当に報告の直前しか頑張れないからこうやって報告をさせてくれる機会がある限り報告するしかないこと。
しかし、5回も報告したら報告うまくなるかと思ったけどそんなことは全然なかったな。
いや、当社比ではうまくはなったんだが、超ひどい→ひどい、くらい...な気がする。
4月某日(アップロードは6月11日)
毎年3月、4月にはコロンビア大経済学部の大学院に合格した人たちが見学に来ます。多くの学生は他の大学の大学院にも受かっているので、どの大学がいいか
を
決めるために見学に来るわけです。というわけで、学部側は必死になって勧誘します。今年は私も借り出されて学生の相手をしました。私が個別にそれなりに話
した学生2
人がコロンビアよりもランキングが高い大学院を蹴ってコロンビアに来るらしいことを後で知って、
こいつらあれほどランキングの重要性を語った私の話
を
聞いていなかったのかとうれしいと思うと同時に多少はコロンビアの宣伝をした責任を感じます。まあ1人は国際貿易専攻希望だし、もう1人は開発経
済専攻希望で、
両方の場合ともそれらの分野に限れば他に受かっていた学校と比べてコロンビアという選択肢も悪くはないとは思いますが。
それらの分野でも就職状況は
向こう
の方が(以下略)
そのうちの1人に言われた言葉:
「あなたみたいに博士課程を5年間やっていて殺伐とした感じもせず、
学部のことをポジティブに語れる人がいるというのはいい学部だということ
だわ。」
つまり、
お前はぬるいと。
これからはもうちょっと殺伐さというか悲壮感を出すように心がけたいと思います。
4月某日(アップロードは6月4日)
(1)TAセッション開始前に交わした学生との会話
学生A「博士論文は英語で書かないといけないの?」
私「あたりまえじゃねーか。」
学生A「
あなたの場合は大変そうねえ。(しみじみと)」
悪かったな
(2)TAセッション後に別の学生と交わした会話
学生B「この授業のTAをするのは初めてかい?」
私「そうだけど、何で?」
学生B「
いや、説明がわかりにくいから。」
私「
自分の理解が追いついてないのを人のせいにすんな」
いや、むしろこういうように正直に意見を言ってくれる学生の方がありがたいです。(棒読み)
3月28日
今学期諸事情によって一時的に違う建物に住んでいたのですがそのときの話。
その建物はエレベータなしの5階建ての建物で仮住まいの部屋は5階にありました。
階段の3階部分になんだかよくわ
からないオブジェがおいて
あって、
なんだろうと通り過ぎる度に思っていたのですが、 ある日そのオブジェを通り過ぎたときに突然近くの部屋のドアが開いて
50歳くらいのおっさんに話しかけられました。
おっさん:俺の彫刻どう思う?
私:I think it is good.
おっさん:おまえ、コロンビアで教育を受けていながらgoodとしか言えんのか。
もっと何か言えるだろう。
goodとか言えないのはどうでもいいとおもっているんじゃねーのか?
私:いや、確かにこの彫刻は、ちょうど1階と5階の中間にあって、俺にとっては「あ、また3階にこれがあるな」と思わせて
くれるもので、このつまらない階段の昇り降りの際の一服の清涼剤というべき特別なものだよ。
おっさん:それだったら別に彫刻でなくたってバナナでも
ゴミ箱でもいい訳じゃねーか。
How dare you could
be so evil!! (すごい勢いでドアを閉める)
私:(だって、本当にどうでもいいんだもん。。。)
せっかくだから、他にもgoodがbadな例をあげてみよう。
映
画監督に映像がきれいだと言うのは最悪の罵倒らしい。
女の「○○君はいい人ね」はソースを持ち出すまでもなく「○○君は"どうでも"いい人ね」という意味で最悪の罵倒ですね。よく言われるけど。
実証屋に「お前のデータすごいな」とだけいうのも「お前はしょぼいけど、たまたま手に入れたデータはすごいな。そのデータでそれだけのことしかできてない
のかよw」という意味で最悪の罵倒ですね。
これもよく言われるけど。
3月27日
DELE(Diploma de Español como Lengua Extranjera: Diploma of Spanish as
Foreign Language)というスペイン語検定を受けようかなと思った。
とりあえず、夏に向けてスペイン語能力を増強しなくてはならないというのは確実。
というのは、
(1)現プロジェクトの研究報告@統計局
(2)新プロジェクトその1のためのデータ入手交渉
(3)新プロジェクトその2の某産業調査のための下調べ
など今のスペイン語じゃとてもじゃないがこなせないイベントが夏には盛りだくさん(だといいな)
。
そこで、スペイン語を勉強するコミットメントの手段として検定を使えないかなと思った。
が、結局やめた。
スペイン語の運用能力を鍛えるには試験勉強などではなく実地(メキシコ)に赴いて、うまくコミュニケーションできるか否かが自分の研究のできを左右する状
況に自分を追い込んで冷汗と脂汗をかくのが一番。その方法でどれだけ劇的に運用能力が上がるかということを実感してしまった後だと、それ以外の方法はまだ
るっこしすぎて取れない。
ところで、普段、指導教官たちとの面談という自分の研究のできを左右する場でいつも冷汗と脂汗をかきっぱなしなのだが、
英語力が上昇している気がしないのはなんでだろう。
3月25日
中間試験の返却をした。各小問の点の足し算が間違っていて合計点が本来あるべき点数と違うという指摘を今日だけで3人から受ける。
授業終了後3人から立て続けに指摘が受け、これじゃ、足し算ができない大学院生だ…と落ち込んでいたところに、よく質問に来る学生が「気にすんな」と言っ
てきた。
おお、なんだかんだいって、かわいい奴だ。
「計算にはちゃんと計算機を使おうな」
○| ̄|_
3月24日
今日のTAセッションでは中間試験の解説をしたのだが、寝不足と準備不足のせいで最悪だった。
試験の中にいくつかいやらしい選択肢問題があったので学生の不満が
予想されたにも関わらず、解説の準備が足りなかったせいで、その解答に不満を持つ学生の説得をきちんとできずにぐだぐだ感
があふれるセッションになってしまった。
クラスから小声で"He screwed up."と聞こえてきてまじ凹んだ。
終了後、よく質問に来る学生が「気にすんな」と話しかけてきた。
おお、かわいい奴だ。
「休み明けだからdisasterでも仕方ないさ」
おまえ、それフォローになってない…○| ̄|_
3月3日−3月18日を時系列順に。
3月3日
応用ミクロ学生セミナーでの報告終了。
1ヶ月前の別の学生セミナーに比べてプレゼンは劇的に改善したという評価。
これは時系列順に
・できるだけわかりやすくプレゼンするにはどうしたらいいかを深く考えさせてくれたラテンアメリカ研究所での報告を企画してくれたスタッフの人たち
・発表の前の週の水曜日にイントロ部分のプレゼンにつきあってくれたS岡
・同木曜日に個別にプレゼン練習につきあってくれたG
・先週金曜日にプレゼン練習会をしたいといった時に参加を表明してくれて士気を盛り上げてくれた人たち("I will be
there"といった参加表明って結構うれしいもの。)
・プレゼンスライド全体にコメントをくれた妻
・プレゼン練習会直前にスライドの図表を見やすくしてくれたS岡
・プレゼン練習会に実際につきあってくれた皆様方
・プレゼン練習後、詳細なコメントをくれたEV
・プレゼン練習後、パワポ講習を開いてくれて、私のスライドのどこが人をいらいらさせるのか、どう改善したらいいのかのを具体的に示してくれたKさん
・土曜日に「それだけ発表してまだ発表方法に改善の余地があるんですか?」と胸に突き刺さる一言を言い放ってくれたH
・土曜日に、これまた詳細なコメントをくれた討論者のRC
といった人たちのおかげです。お世話になった分、他の人の研究に役立つコメントがもっとできるようにならないと…
3月4日
前日報告した応用ミクロ学生セミナーを取りしきっている先生であり、経済学部学部長でもあるJC先生から、自分の研究報告についてコメント(ノート2枚
分)をもらっていたので、じっくり読み返してみた。
「これ(データの特徴など)をちゃんと説明しなさい」といったコメントが中心なのだが…
全部ちゃんと説明しましたですとも…orz
がっくりきた。
まあ、プレゼンのわかりやすさが専門外の先生にすんなり理解してもらえる水準に達していないということか…仮に説明すべきことを全部説明していたとしても
説明する順序が応用ミクロ実証研究者にすんなり飲み込める順序でなかった可能性は高い。
まだまだ修行が足りないようで…
3月6日
その1:TAをしている国際貿易論(学部生向け)の授業中、ぼーっとしていたときの話
JH先生:メキシコの貿易、直接投資に関するトピックについてはそこのKTが研究をしているところなので、彼の見解を聞いてみましょう。
私:(ちょw、急に話を振るなww、そもそも何の話をしてたんだ) しどろもどろ
その2:ラテンアメリカ研究所の招待講義でえりっくが話をするのを聞きに行っていたときの話。終了直前で私はちょっと別の考えごとをしていたときの話。
えりっく:メキシコの最近の産業政策についてはそこのKTが研究をしているところなので、彼の見解を聞いてみましょう。
私:(ちょw、急に話を振るなww、そもそも何の話をしてたんだ) しどろもどろ
これらの話はいわゆる、「
急
にボールが来たので」エピソードを思い出させる。自分の研究に関することについての見解を求められて的確に答えられない研究者とパスを決められな
いFWは似たようなもんだろう。
3月9日
時々行くレストランで食中毒が出たっぽい。独立に行った複数のグループから同じものを食べた人だけに被害が出ていた。私と一緒に行ったHは吐きまくりで大
変な状態だったらしい。かわいそうに。
ほぼ同じものを食べた私はぴんぴんしていたけど。メキシコで鍛えられているのかねえ。これでも家族の中では一番腹が弱い方なのだが。同じものを食べても私
だけ腹を壊して妻と航はぴんぴんしていることがよくあったのだが。
3月10、11日
S田君にプレゼンの練習につきあってもらう。
どうやら、彼は体の調子が今ひとつだったらしい。
あまりよく書けていなかったスライドが途中にあったのだが、
そのスライドを理解しようと考えすぎたらしくダウンしてしまった。
そこで続行不可能になり練習終了。
私のプレゼンは人体に害を与えることもあるらしい。(´・ω・`)
…体調が悪い中練習につきあってもらって申し訳なかったと思う。
3月12日
国際貿易学生セミナーでの報告終了。
理論家たちに理論とのつながりが不十分だと責め立てられる。
実証結果そのものには興味を持ってもらえたようなので、今から何とかできる話だと思う。
3月17日
結婚5周年。
3月18日
ボストンに行ってきた。目的は2年連続でボストンに滞在中のCP先生(通称キキ)に会いに行くこと。C全米経済研究所(National Bureau
of Economic
Research(NBER))で面会してきた。経済学では全世界最強の研究所であるNBERであるからにはきっと豪華な建物で外から見て一発でわかるも
のだろうと勝手に考えて行ったら、全然そんなことはなく、探すのに苦労した。
キキはコミッティーのメンバーにすら入っていないけど1年に1回くらい会って、大局的な研究の方向性と、実際に取り組んでいる実証の細かいところの両方に
ついて助言をもらっている。今回は開口一番、今の私のプロジェクトを踏まえて次の1−3年でどういう方向に研究を進めたら面白そうかということについて色
々提案してもらった(注1)。彼が言うには私の今のプロジェクトが政府個票統計を使ってできることのほぼ限界なので、もっと興味深いことを知るために産業
を絞ってでも独自の調査を行う方向で進めていくべきだと。彼の提案した調査は実行するのは大変そうだけどとても面白そうで野心的なものだった。調査の一番
の候補地は昨年夏のメキシコ滞在中に行こうかどうか迷ったけど行ってない場所の1つ。行っておけばよかった。なぜ行かなかったのか記憶がなかったので昔の
メモ帳を引っ張りだして調べてみた。
どうやら韓国料理屋巡りを優先させたらしいorz
それはともかく、次の1−3年にやるべき方向性がみえたことで、今のプロジェクトの自分にとっての位置づけもはっきりして視界が一気に開けた気がした。ま
あ、帰ってきてさっそく新プロジェクトの構想を具体的に書き出したら当然のごとく色々障害があるのがわかって、視界がまた一気に閉じたのであるがorz